戦後の福祉⑩

 小林提樹は婦人公論に掲載された「誌上裁判 奇形児は殺されるべきか」のなかで自分の立場をつぎのように説明しています。

 

「私はそういう(注 障害のある)赤ちゃんをあずかり育てている立場ですから、あれが(注 障害児殺し)が許されるなら、私の存在の意義がないわけです。それに医者は生かすことを使命とするように教育されていますから、人殺しは許されません」

 

 小林は終始一貫して「障害児殺し」を否定した発言を続けています。

 

 ときには、その姿勢がほかの発言者とぶつかることもあります。

 つぎのやりとりは、作家石川達三とサリドマイドを服薬した親の苦悩を話している場面です。

 

小林「国の補助は全く無いのです。今度の豊橋のお母さんの訴え(注 愛知県豊橋市の二組の夫婦が法務局人権擁護係へ国の責任を訴えたことをさしていると思われる)がどう処理されるか注目されますが、サリドマイドが悪いことがはっきりわかれば、その薬は国が許可した薬ですから補償は国がすべきだと考えます」

 

石川「判決が国家に賠償する義務があるということになれば、身体障害の子どもの親たちはぜんぶ訴えますよ」

 

小林「そうなっていいのじゃありませんか」

 と、述べています。

 

 また、作家の水上勉とは、重い障害をもつ子どものなかで、生きていても社会の役にたたない人は「人」の範疇に入らないのではないかという水上の主張をぶつけられ次のように答えています。

 

水上「先生にあずけられる前に処置しておいたほうがいいとはお考えにならないですか」

 

小林「その人たちを育てるのは、本来は国がやるべきことです。重症心身障害者はほんとうに生きる屍です。泣く声ももたない。しかし、私は人間として生きているものは生きさせるほうが正しいであろうと考えます」

 

 このように、あるときはきっぱりと、ある時は遠慮がちに自分の意見を述べています。

 小林のいっていることは、薬害の考え方などいま見てもきわめて穏当なものですし、介護保険のある現代では障害のある人を社会が支えるという考えは常識的なことですが、当時はきわめて異質でした。